SETOUCHI MINKA

瀬戸内の名山に登る。 ~愛媛県「石鎚山・御来光の滝」~

フィジカルにアタックしても、メンタルにアタックしても、山は人間を大いに内省的にしてくれる。そして、秀麗な姿で堂々とそびえる山々を前にして痛感するのだ。山がわれわれにとって生活の一部であり、われわれの肉体と精神が山に育てられてきたということを。登るもよし。歩くもよし。見るもよし。思うもよし。そこに山が、あるゆえに―。アラフィフ編集者が瀬戸内各県の最高峰に単独アタックし、身近すぎて見過ごしがちなふるさとの山の魅力を全身全霊で体感するこの企画。その最後を締めくくる アタックは、西日本でもっとも高い標高を誇り、日本百名山にも選ばれている愛媛県の名峰・石鎚山。その南面から発した流れが生み出す面河渓谷の上流に、御来光の滝がある。全国屈指の到達困難な滝としても知られるこの神瀑を目指した。

<取材・写真・文/鎌田 剛史>

人を簡単には寄せ付けない霊峰石鎚の神域に佇む名瀑へ。

【石鎚山 DATA】標高:1,982m 所在地 :愛媛県西条市・久万高原町 山系:四国山地 名山選定:日本百名山/四国百名山 公園指定:石鎚国定公園

古より信仰の山として崇められる四国山地の盟主。

山岳信仰。人は古来から山を神として崇め奉ってきた。信仰の母体となるのは基本的に山や、山にある大木、巨大な岩、そして滝などである。

山岳信仰がいつから始まったものなのかははっきりしていない。一説には、縄文時代に狩りの獲物をもたらし、家屋の材料や燃料を与えてくれる山に対し、縄文人が感謝と畏敬の念を持ち、神として崇拝していたことから信仰が始まったとされ、また一方で山を恐れていたということから、農耕が広がって以降に始まったのではないかと考えられている。

その証として、頂上などに神社が建てられている山が日本全国に多数存在する。有名なところでは富士山(静岡県・山梨県)の浅間大社、筑波山(茨城県)の筑波山神社、立山(富山県)の雄山神社、大山(鳥取県)の大神山神社、阿蘇山(熊本県)の阿蘇神社などである。

この瀬戸内にも「神の山」として名高い山がある。愛媛県の石鎚山だ。標高は西日本最高峰の1,982mを誇り、「四国の霊峰」とも呼ばれる。役の行者の開山と伝わる修験の山であり、近代までは女人禁制だった。その名残から、現在も毎年7月1日は女性の登山は禁止されている。御山開きは7月1日~11日。盛大な祭りが行われ、白装束の信者がご神体とともに麓の石鎚神社本社から山頂の成就社に登る。

著者は石鎚山に4度ほど登頂したことがある。最高地点の天狗岳への道は、西条市側のロープウェー山頂成就駅から登る成就ルートと、石鎚スカイライン終点の土小屋から登る土小屋ルートが一般的だ。ほぼ垂直の石崖を鎖で登るスリル満点の「鎖場」など、高山ハイクの醍醐味を存分に味わえる。このほか、眺望がもっとも美しいといわれる東陵ルートからも山頂を目指せる。

はるか向こうの山肌に見える「神の滝」を目指して。

ご神体が麓の本社へと戻された2021年7月11日、著者と新人編集者タナカの二人は、石鎚スカイラインの中間にある長尾尾根展望台にいた。「ホラ、あそこに見えますよ」とタナカが指差した先、山肌には白い一筋の線がくっきりと浮かんでいた。御来光の滝である。瀬戸内各県の「てっぺん」を巡る旅の締めくくりは、ここ石鎚山の頂上ではなく、人が簡単には訪れることができない秘境にあるこの滝を目指す。

時を戻す。取材当日からちょうど15年前の2006年7月11日午前7時30分。当時ローカルスポーツ雑誌の編集長を務めていた著者は、日本の滝100選の中でも三大到達困難滝のひとつに挙げられる御来光の滝を取材するため、まさに、この場所に立っていたのである。思い付きの企画で事前の情報収集もおざなりに、同僚のカメラマンとともにアタックするも、不明瞭なルートや果てしなく続く悪路の連続にあえなく撤退。しかも下山時にコケで足首をひねり、靭帯を切ってしまうというなんとも悲しいオチつきだ。山に入るということを甘く見ていた自分の愚かさを身をもって痛感するとともに、山への尊敬と畏敬の念を決して忘れてはいけないことを十分すぎるほど思い知った。忘れられない苦い記憶だ。そして年月は流れ、このたび幸運にも御来光の滝へと再チャレンジする機会が巡ってきたというわけである。

長尾尾根展望台から石鎚山を望む。はるか向こうの山肌に見える一筋の白い線が御来光の滝だ。

迫りくる大自然の道なき道を行く。合言葉は「命大事に」。

過去の経験を踏まえ、今回の御来光の滝へのアタックはプロにガイドをお願いした。「グッドリバー 株式会社」の奥野要助さんと泉義和さんだ。先頭は奥野さん、後尾から泉さんが見守る形で隊列を組んでいざ出発。当時見つけられなかったスカイライン脇から谷へ下る急峻な山道を進む。途中足を滑らせて派手に転倒してしまい、15年前の悪夢が一瞬頭をよぎる。標高差約300mの坂を約1時間半かけて降下すると、面河川の本流にたどり着いた。

石鎚スカイライン沿いのガードレールを越えると、踏み跡が続く急坂の道が現れる。途中岩がむき出しで荒れていたり、ロープで下る箇所も。帰りはこの道を登らなければならないことを考えると少し憂鬱に。

樹齢を重ねたスギやヒメシャラなどの巨木に囲まれた急こう配の道をひたすら下る。1時間ほどすると、下の方から面河川のせせらぎの音がだんだんと聞こえてきた。

約1時間で面河川の本流へ。高知県を流れる日本一の清流として名高い仁淀川の源流だけあって、澄み切った水の美しさに思わず感嘆の声を上げてしまう。これを見るだけでも十分に価値はある。

ここから先は川を渡る箇所が何度も出てくるので、靴底がフェルトの沢靴に履き替える。これを履くと濡れている岩の上でも滑りにくくて安心。山道でも地面をしっかりキャッチしてくれるので歩きやすかった。

今回ガイドしていただいたのは「グッドリバー 株式会社」の奥野要助さん(右端)と泉義和さん(左端)。奥野さんは樹種や地質など多方面の知識に精通しており、興味深い話をたくさんしてくれた。

泉さんの手を借りながらへっぴり腰でヨロヨロと川を渡る編集者タナカ。

清らかな水がごうごうと流れる面河川の上流へ。ここからは沢靴に履き替え、川を何度か渡ることになる。川の中を横切ると水はひんやりと冷たく、思わず童心に帰ってはしゃいでしまう。やがて自然石がゴロゴロと転がる山道を奥へ奥へと進んでいく。大きな倒木をすり抜けたり、頼りなさそうなロープに身をゆだねながら今にも壊れそうな木橋を渡ったりと、決して一筋縄にはいかない過酷な道の連続だ。落下すれば確実にあの世に召されてしまいそうな断崖絶壁をいくつも通過する。

サンショウウオやウシガエル、ギンリョウソウなど、多彩な動植物が生息する大自然の渓谷。崩落や倒木で回り道したり、断崖絶壁に架かる頼りない木橋を渡ったり、びしょ濡れになって渡渉したりとワイルド・ロードが連続。

行くか、戻るか。タイムリミットは刻一刻と迫る。

あまりの悪路に怖気づいて一歩一歩慎重に進むわれわれとは裏腹に、奥野さんは息も乱さず、ヒョイヒョイと軽やかな足取りで進んでいく。後ろを振り返れば、ヨロヨロと歩を進めるタナカに泉さんが「大丈夫ですよ」と優しい言葉を掛けながら手を引いてくれている。おふたりの心強いサポートのおかげで、出発から約3時間で七釜まで到達した。

滝に至る道中にある景勝地のひとつ、七釜。河底などの岩石にできる円形の穴(甌穴)が7つ連続していることからこの名で呼ばれるようになったのだとか。まるで滝のように見える豪快な水の流れと、木漏れ日が当たる苔むした川沿いの岩場が幻想的で美しい。

だが、すでにこの時点で当初想定した時間よりも大幅に遅れていた。 「このままでは到達は難しいかも」と奥野さんは頭をかく。石鎚スカイラインの閉鎖時間も考慮しなければならないため、引き返すか否かギリギリの状況が迫っていた。そこで仕方なく、体力的にも限界を迎えていたタナカだけを残し、3人で滝まで目指す苦渋の決断を取る。「絶対行ってきてくださいね~」と手を振るタナカを背に、再び出発した。

人生初の本格登山にもかかわらず持ち前の根性で歩き続けていたタナカも、善戦むなしく無念のリタイア。著者、奥野さん、泉さんの3人で御来光の滝へと急いだ。待ってろよタナカ!必ず滝まで行って帰ってくるからな!

「オレは今、山の神様に愛でられている」。積年の思い、ここに結実。

ハイペースでどんどん進む奥野さんの背中を必死で追いかける。木々の間から崖下に流れる魚止ノ滝が見えた辺りから、ようやく御来光の滝の姿を確認できた。あとひと踏ん張りだと自分を奮い立たせ、巨大な岩から岩へとよじ登っていく。すでに疲労はピークに達しているのだが、手足が自分の意思と関係なく、自由に躍動している感じだ。いわゆる火事場の馬鹿力か、はたまた野生本能の覚醒か、腹の底から大きなうねりのようなものが湧き上がってくる。自分は今この瞬間、確実に生きているのだという「生命の歓喜」を感じた。これがあの「クライマーズ・ハイ」というやつなのかもしれない。

山道から滝が見え始めてからも道のりは意外と長い。そのうち巨岩群の地帯に入り、右へ左へとよじ登る。大きな滝の影がもうすぐそこに。いよいよラストスパート!

ついに御来光の滝の目の前に立つ。神々しさを放つ名瀑の姿に思わず息をのみ、感動に打ち震えた。これまで目にしてきた数々の絶景の中から、最も美しいものを選べと言われたなら、問答無用で御来光の滝と答える。豪快に流れ落ちる水の音、滝つぼに舞い上がる飛沫のきらめきと水滴の肌ざわり…。五感すべてで受け止めたその雄大な姿は、この先もきっと頭から去ることはないだろう。時間を忘れてしばらく眺めた後、次は紅葉が美しい秋に来てみたい―などと大それた願望を抱きつつ、タナカが待つ沢までの帰路を急いだ。

石鎚山のほぼ直下から流れ落ちる神秘的な滝の雄姿に心が震える。滝つぼから舞い上がる神々しい飛沫を全身に浴びながら目を閉じてみる。ここに至るまでの苦労も一気に吹き飛んだ。

【御来光の滝 DATA】所在地 :愛媛県久万高原町 落差:102m 水系:仁淀川 名爆選定:日本の滝100選

日本一の清流の源に落ちる巨瀑を直下から見上げると、長尾尾根展望台からの眺めとは一味違う圧巻の景色。滝の落差は1段目を合わせて約102mあるといい、滝壺付近からは1段目は見えないものの、2段目の滝だけでも約65mの落差がある。爆音を上げながら流れ落ちる水流は迫力満点だ。

ここは滅多に人が足を踏み入れることができない場所ということもあり、日本屈指の名瀑を独り占めしたような気分で感激もひとしお。

石鎚山の自然の壮大さを目の当たりにしながら、愛媛の銘菓の坊っちゃん団子をパクつく。美味すぎる…。

ここまで歩いてきた方を振り返る。その距離約5km。はるか向こうに朝乗り越えたガードレールが小さく見えた。

穏やかな人柄ながら頼もしくわれわれを先導してくれた奥野さん。御来光の滝の周囲に切り立つ岩肌に斜線をかけたような筋が走っているメカニズムや、石鎚山の生態系など興味深い話をたくさん聞かせてくれた。

御来光の滝に別れを告げ、待っていたタナカと再び合流。長尾尾根展望台までの帰路を急ぐ。

長尾尾根展望台まで無事に帰還し、地べたにへたり込んで痛む足下を見つめると、瀬戸内各県の最高峰を巡る旅の終わりを告げるかのように、登山靴のソールがバックリ剥がれていた。

石鎚山・御来光の滝までの足あと。

登頂日:2021/7/11 登山ルート:長尾尾根展望台→石鎚スカイライン脇から谷底へ→面河川沿いを上流へ(渡渉あり)→七釜→さらに奥へ→御来光の滝→来た道をピストン 活動時間:約11時間(休憩など含む)

7:30 START →

長尾尾根展望台を出発

7:39 →

ガードレールを越えて谷底へ下りる道へ

7:44 →

奥野さんに先導されて下降開始

7:49 →

標高差300mの急こう配を一気に下る

8:07 →

サルノコシカケを発見

8:44 →

タナカの笑顔も時間とともに消えていった

8:55 →

面河川の本流に到着

9:11 →

見事な水の美しさに目を奪われる

9:35 →

命取りとなるような危険な箇所も

10:16 →

本格的な渓谷の中へ

10:25 →

ジャブジャブと渡渉するタナカ

10:27 →

青々と茂るコケが美しい道

10:37 →

七つの渕が連なる七釜に到着

11:01 →

山道眼下に滝が見える

11:05 →

道なき道をひたすら進む

12:01 →

離脱宣告がタナカに下される

12:24 →

ようやく滝の姿が見えた!

12:36 →

御来光の滝に到着!

14:05 →

来た道を戻る。タナカと再び合流

15:17 →

七釜まで帰ってきた

17:34 →

最後に待ち構える長い長い登りに疲労困ぱい

18:23 GOAL

石鎚スカイラインへ無事帰還!

長尾尾根展望台から道沿いに少し登り、テープの張られたカーブミラーを目印に下降開始。滑りやすい急勾配の道を一気に下る。面河川まで下りればそこから沢を上っていくか、登山道を歩いて奥へと入っていく。渡渉が必要になるので、沢靴などしっかりとした準備が必要だ。取材班は往復に約11時間もかかってしまったが、奥野さんいわく健常な人なら6時間程度で往復できるとのこと。石鎚スカイラインの閉場時間も考慮して余裕を持った行動計画を。誰もが簡単に行ける場所ではなく、危険箇所も多いので、ビギナー単独でのアタックは禁物だ。プロのガイドや行ったことのある熟練者に必ず同行してもらおう。

<1st アタック> 香川県最高峰「竜王山」への登頂リポートはこちら

瀬戸内の名山に登る。 ~香川県「竜王山」~

<2nd アタック> 山口県最高峰「寂地山」への登頂リポートはこちら

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<3rd アタック> 岡山県最高峰「後山」への登頂リポートはこちら

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<4th アタック> 広島県最高峰「恐羅漢山」への登頂リポートはこちら

瀬戸内の名山に登る。 ~広島県「恐羅漢山&旧羅漢山」~

<5th アタック> 兵庫県最高峰「氷ノ山」への登頂リポートはこちら

瀬戸内の名山に登る。 ~兵庫県「氷ノ山」~

この記事を書いたのは…
瀬戸内民家シリーズの雑誌表紙

瀬戸内海沿岸の岡山・広島・山口・香川・愛媛・兵庫各県で家づくりを手掛ける腕利き工務店の情報に加え、瀬戸内の自然や気候風土、歴史、文化といった、瀬戸内で暮らす魅力を発信しています。さらに詳しく>

アラフィフ編集者が瀬戸内各県の最高峰6座へ、
ロックンロールの名曲の調べと共にアタックした記事「Rock n’ roll 瀬戸内の名山」は
ぜひ「SETOUCHI MINKA LIVING with NATURE 瀬戸内の自然と暮らす。」でじっくりと。

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