SETOUCHI MINKA

瀬戸内の名山に登る。 ~広島県「恐羅漢山&旧羅漢山」~

フィジカルにアタックしても、メンタルにアタックしても、山は人間を大いに内省的にしてくれる。そして、秀麗な姿で堂々とそびえる山々を前にして痛感するのだ。山がわれわれにとって生活の一部であり、われわれの肉体と精神が山に育てられてきたということを。登るもよし。歩くもよし。見るもよし。思うもよし。そこに山が、あるゆえに―。アラフィフ編集者が瀬戸内各県の最高峰に単独アタックし、身近すぎて見過ごしがちなふるさとの山の魅力を全身全霊で体感するこの企画。4th アタックは、西中国山地を代表する広島・島根両県にまたがる高峰「恐羅漢山」。人を簡単には寄せ付けそうにないその恐ろしげな名前とは裏腹に、春はトレッキング、夏はキャンプ、秋は紅葉、冬はスキーなど年間を通して誰もが自然にふれあうことができる身近な山だ。春の恐羅漢山で仰ぎ見た真っ青な空の中に、大切な人の笑顔や、幸せのカタチを見た気がした。

<取材・写真・文/鎌田 剛史>

西中国山地の盟主から、山水画の世界観漂う大渓谷へ。

【恐羅漢山 DATA】標高:1,346m 所在地 :広島県安芸太田町/島根県益田市 山系:中国山地 名山選定:中国百名山 公園指定:西中国山地国定公園

沢のせせらぎや鳥のさえずりに癒やされる。新緑まぶしいセラピーロードでリフレッシュ。

その名前だけを見れば、いかにも荒々しく険しい山のような印象を受ける。広島県と島根県の県境にそびえる恐羅漢山は、西中国山地で最も高い標高1,346mを誇る両県の最高峰。「羅漢(=仏教で煩悩をすべて断ち、悟りを得た聖者)さえも恐れさせるほどの厳しく暗い山」という意味からこの山名になったといわれている。その名の通りかつては山深きピークで、誰もが容易に登れる山ではなかったそうだが、現在では標高1,000m付近の牛小屋高原まで車道が通じ、同高原の登山口から山頂まで片道約2時間で気軽に登れるようになっている。

今回の工程は、登山口から夏焼峠を経由して山頂まで行き、さらにそこから少し先にある旧羅漢山のピークまで足を延ばす。下りは再び恐羅漢山へ引き返し、冬の間はスキー場になる恐羅漢スノーパークのゲレンデをまっすぐに下りていく計画だ。

この日は絶好の登山日和。意気揚々と牛小屋高原を出発した。白や黄色の水仙が咲き乱れるゲレンデを横目に夏焼峠までの遊歩道を歩く。この道はセラピーロードとして整備されており、新緑の木々に包まれながら、マイナスイオンいっぱいの森林浴が楽しめた。

恐羅漢山には標高約960mの牛小屋高原から登っていく。西中国山地ではもっとも高い山だが、比較的短時間で気軽に登ることができる。高原にはキャンプ場やジップラインなどもある。

広葉樹に囲まれた登山道。恐羅漢セラピーロードとしても親しまれ、子どもから高齢者まで誰もが気軽に森林浴を楽しめる。

神秘的な雰囲気に包み込まれた沈黙の森を抜けて頂上へ。

夏焼峠からはしばらく急坂が続く。出発からそんなに時間は経っていないのに、この時点でもう汗びっしょりだ。ハァハァ息を切らしながら黙々と足を前に出す。20分ほど登ると早手のキビレに到着。キビレとはこの地域では峠を意味する言葉だそうだ。ここを曲がればブナ・ケヤキ・ミズナラの巨木が立ち並ぶ森を通る台所原コースから山頂を目指せるそうだが、今回はそのまままっすぐ進む。

早手のキビレからはゆるやかな道になり、ブナやスギの原生林を進んでいく。所々から差し込む木漏れ日が美しく、しんとした静寂さがたまらなく清々しい。朽ち果てて途中から折れてしまったり、根元から倒れてしまった巨大なブナが、まるでアーティスティックなオブジェのようにも見えた。

この日は澄み渡るような青空が広がる絶好の登山日和。頬を伝う汗をぬぐいながら、鮮やかな新緑のトンネルを黙々とくぐり抜けて行く。

夏焼峠からいよいよ登りが始まると、ブナやミズナラ、カエデなどに囲まれた森の中を進んでいく。朽ち果てて倒れていたり、途中から折れてしまった巨木が点在し、まるでジブリアニメに出てくるような神秘的で美しい光景が広がっていた。

やがて下山予定の立山コースとの分岐点に至り、最後の坂を登り切ると、頭上一面に青空がパァっと広がった。たどり着いた山頂は誰もおらず、閑散としていた。山名標識と三等三角点を確認し、積み上げられた岩の上から北東方向を見下ろすと、深入山や臥龍山をはじめとする芸北地域の雄大な山々を一望できた。小休憩で体力を回復した後、ここよりもダイナミックな眺望が拝めるという旧羅漢山へと向かった。

土小屋高原の登山口からゆっくり登り、約2時間で山頂に到着。登山客は誰もいなかった。

山頂にある積み重なった岩の上から眺める景色。はるか遠くまで連なる西中国山地の展望を楽しめる特等席だ。

果てしなく広がる緑と青の世界。大自然を見下ろす広大なゲレンデを、ひとり闊歩する。

旧羅漢山まで苔むした道を進んでいく。途中通過する湿地帯では足下がぬかるみ、何度か足を取られてしまったが、アシウスギがうっそうと茂った薄暗い湿原の森は、幻想的できれいだった。約30分で旧羅漢山の山頂に到着。正面にどっしりと構える巨岩の上に立ち、壮大な景色をのんびりと堪能。この上なくぜいたくな時間が流れている。

恐羅漢山の山頂から旧羅漢山へと足を延ばす。片道約30分で距離はないものの、山道には湿地帯が多い。

滑りやすかったりぬかるみにはまったりして歩きにくい箇所もあるので注意。

こぢんまりとした旧羅漢山山頂は、正面にどっしりと構える巨大な岩が目を引く。上るための木製はしごが架けられているが、雨風にさらされて劣化しており、体重をかけるとギシギシとしなって頼りなく、少々怖かった。

巨岩に上れば、西中国山地の雄大な山々を望む大パノラマが広がる。先日登った寂地山の山容もはっきりと見えた。時折上空を通り過ぎる航空自衛隊機のごう音がやたら近くに聞こえた。

絶景を独り占めしながら、ご当地パンを頬張る。この日チョイスしたのは広島県が誇る有名店、三原市の八天堂の「くりーむぱん」と「あんぱん」。ぜいたくなひと時。

絶景を眺めながら美味しいアンパンとクリームパンを味わった後、恐羅漢山まで引き返し、ゲレンデを通る立山コースへと入る。ブナやミズナラなどに囲まれた急な下りがしばらく続くが、林を抜けてゲレンデに差し掛かると、爽快な景色が一気に広がる。雲ひとつない真っ青な空を仰ぎ見ながら、鮮やかな芝生の絨毯を歩く「天空の散歩」を存分に楽しんだ。

下山は「恐羅漢スノーパーク」の急峻なゲレンデを下りる。見上げれば広大な青空、見下ろせば広大な牧草地のようなゲレンデ。素晴らしい眺望だ。

下山後に「三段峡」へ足を延ばす。強大な自然の営みにひれ伏すばかり。

牛小屋高原まで無事下山し、時間と体力にまだ余裕があるので、北東にある国の特別名勝・三段峡を訪れることにした。三段峡は全長約13kmにおよぶ長大な峡谷で、恐羅漢山に源を発し、広島市内を流れる太田川の源流である。雄大な渓谷美を誇る全国屈指の絶景トレッキングスポットだ。

牛小屋高原からもっとも近い三段峡への入口の水梨口から歩き始める。見上げるほど巨大な岩塊の連続、エメラルドグリーンに輝く淵…。山水画に描かれるような名渓の景色が広がっていた。人間などいとも簡単に呑み込む、大自然の営みの強大なスケールと破壊力をあらためて見せつけられた気がした。

絶景スポットが多い三段峡の中でも、もっとも見ごたえのある景勝地が三段滝。三段峡の名前の由来となったともいわれ、全長約30mもある落差を三段に分かれ豪快に流れ落ちる。滝つぼから水煙が舞い上がる光景は圧巻。

三段峡内の数ある景勝地の中でも特に見ごたえがあるという三段滝の雄姿を拝んだ後、もう一つの入口である正面口まで車で移動し、長淵、姉妹滝など、目を見張るような渓谷美を堪能した。風情ある渡船に乗って鑑賞する猿飛、二段滝、黒淵は、渡船が運航中止だったため一目見ることはかなわなかったものの、自然の偉大さと美しさをとことん満喫できた。瀬戸内の最高峰を巡る旅のこれまでの苦労と疲れが、一気に吹き飛んだ気がした。

【三段峡 DATA】所在地 :広島県安芸太田町 水系:太田川水系柴木川流域 選定:国の特別名勝、日本百景など 公園指定:西中国山地国定公園

恐羅漢山&旧羅漢山登頂の足あと。

登頂日:2021/5/6 登山ルート:牛小屋高原レストハウス→夏焼峠→早手のキビレ→台所原分かれ→恐羅漢山山頂→旧羅漢山山頂→恐羅漢スノーパーク→牛小屋高原レストハウス→三段峡 活動時間:恐羅漢山/約5時間、三段峡/約2時間(休憩、移動時間など含む)

9:15 START →

①牛小屋高原の登山口を出発

9:19 →

ゲレンデ脇の登山道を進む

9:28 →

歩きやすく整備された夏焼峠コース

9:30 →

セラピーロードとしても人気

9:40 →

ヨガなどもできるセラピーテラス

9:51 →

②夏焼峠に到着

9:58 →

夏焼峠からは急峻な登り

10:14 →

③早手のキビレを通過

10:28 →

ブナやミズナラの天然林の中を進む

11:06 →

巨木の合間を抜けて

11:23 →

立山コースとの分岐点に

11:29 →

④台所原分かれを通過

11:37 →

⑤恐羅漢山山頂に到着

11:49 →

山頂脇の道から旧羅漢山へ向かう

12:15 →

⑥旧羅漢山山頂(標高1,334m)

12:50 →

下山開始

13:15 →

⑤恐羅漢山山頂を通過

13:22 →

下りは直登コースへ

13:43 →

⑦恐羅漢スノーパークのゲレンデを下る

14:19 GOAL

①牛小屋高原の登山口に到着。⑧三段峡へ車で移動

恐羅漢山は、広島県戸河内町と島根県匹見町との境にそびえる広島・島根両県の最高峰。ツキノワグマの本州最南端の生息地としても知られる。冬にはパウダースノーに恵まれ、登山口のある牛小屋高原には、スキー場の恐羅漢スノーパークがある。今回歩いた道は整備されていて歩きやすく、子どもから高齢者まで気軽に歩ける。登山口から三段峡へは車で約40分。三段滝、猿飛、二段滝を見るのなら水梨口の駐車場に、長淵、黒淵を見るのなら正面口の駐車場に止めるのがベスト。三段峡をすべて1日で歩いて巡るのは難しいかも。

<1st アタック> 香川県最高峰「竜王山」への登頂リポートはこちら

瀬戸内の名山に登る。 ~香川県「竜王山」~

<2nd アタック> 山口県最高峰「寂地山」への登頂リポートはこちら

瀬戸内の名山に登る。 ~山口県「寂地山」~

<3rd アタック> 岡山県最高峰「後山」への登頂リポートはこちら

瀬戸内の名山に登る。 ~岡山県「後山」~

<5th アタック> 兵庫県最高峰「氷ノ山」への登頂リポートはこちら

瀬戸内の名山に登る。 ~兵庫県「氷ノ山」~

<ファイナル・アタック> 西日本最高峰・愛媛県「石鎚山」にある飛瀑「御来光の滝」への登頂リポートはこちら

瀬戸内の名山に登る。 ~愛媛県「石鎚山・御来光の滝」~

この記事を書いたのは…
瀬戸内民家シリーズの雑誌表紙

瀬戸内海沿岸の岡山・広島・山口・香川・愛媛・兵庫各県で家づくりを手掛ける腕利き工務店の情報に加え、瀬戸内の自然や気候風土、歴史、文化といった、瀬戸内で暮らす魅力を発信しています。さらに詳しく>

アラフィフ編集者が瀬戸内各県の最高峰6座へ、
ロックンロールの名曲の調べと共にアタックした記事「Rock n’ roll 瀬戸内の名山」は
ぜひ「SETOUCHI MINKA LIVING with NATURE 瀬戸内の自然と暮らす。」でじっくりと。

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