SETOUCHI MINKA

瀬戸内が舞台の「ご当地小説」12選。

美しい自然に恵まれ、素朴で温もりあふれる瀬戸内を舞台に描かれた小説は多い。登場人物たちが繰り広げる物語にさりげなく織り込まれた、ふるさとの雰囲気や情景から、地元の魅力をあらためて実感できるのも、「ご当地小説」の魅力。瀬戸内海沿岸の兵庫・岡山・広島・山口・香川・愛媛が舞台となった小説12作品をピックアップ。小説を読んだ後は実際にその場所に足を運び、作品の世界観に浸ってみるのも一興だ。

<文/鎌田 剛史>

『風の歌を聴け』

村上 春樹 著 講談社文庫/講談社

1970年夏、海辺の街に帰省した「僕」と友人の「鼠」、親しくなった女の子の3人が繰り広げる青春の一片を、乾いた都会的感覚の軽快なタッチで捉えた村上春樹の処女作。物語の舞台となる街の名前は出てこないが、著者が少年時代を過ごした兵庫県芦屋市がモチーフになっている。川とテニスコート、ゴルフコース、ずらりと並んだ広い屋敷、古い図書館、猿の檻のある公園といった芦屋の街の描写が随所に登場する。

1981年には大森一樹監督により映画化され、芦屋市や神戸市などで撮影が行われた。(写真/photo AC)

『ラ・パティスリー』

上田 早夕里 著 ハルキ文庫/角川春樹事務所

神戸のフランス菓子店「ロワゾ・ドール」を舞台に、新米職人の「夏織」と、ある日突然現れた背の高い謎の菓子職人・「恭也」の交流を中心に、洋菓子店の日常や、そこに集う恋人、親子、夫婦たちの切なくも愛しい人間模様を描く、甘く切なくほろ苦い「パティシエ小説」。洋菓子業界の厳しさも垣間見えるほか、ケーキや焼き菓子の作業工程が丁寧に描写されており、読んでいる間につい甘いものが食べたい衝動に駆られる。

神戸は戦前から西洋文化が根付いていた都市で、洋菓子店や洋食店が多い街。異国情緒漂う街の洋菓子店を舞台に物語が展開。(写真/鎌田 剛史)

『ブラバン』

津原 泰水 著 新潮文庫/新潮社

広島県を舞台に繰り広げられる音楽群像劇。高校の吹奏楽部で弦バス担当だった「他片等」は、四半世紀が過ぎた今は楽器とも離れ、地元で小さなバーを細々と営んでいた。ある日、吹奏楽部先輩の「桜井ひとみ」と再会したことから、彼女の披露宴で演奏するバンドの再結成話が持ち上がる。高校時代の輝きに満ちた時間を取り戻そうと奔走する等だが、メンバーそれぞれの苦い現実が浮き彫りになっていく。はたして再結成は実現するのか。

広島県立広島観音高校の吹奏楽部に所属していた著者ならではの部活描写がリアル。登場人物たちの会話はもちろん広島弁。(写真/photo AC)

『エンジェルボール』

飛騨 俊吾 著 双葉社

広島県の因島でトラック運転手をしながら、小学生の息子2人と暮らすバツイチ41歳の「寺谷和章」。ある夜に交通事故に遭い、目の前に現れた謎の天使から「思いのままに飛んでいく魔球」を授かる。和章は「カープを日本一にする」という幼少からの夢をかなえるため、広島カープの入団テストを受けに行くが…。家族とそれを取り巻く人間模様を通し、男の選択と生き様を描く長編小説。全4巻。

作中には尾道水道を挟み向かいの佐木島や三原へ渡るフェリーの赤い桟橋や、因島独特の情景も丁寧に描かれている。(写真/尾道観光協会)

『ひきなみ』

千早 茜 著 KADOKAWA

小学校最後の年に出会ったふたりの少女が、脱獄犯との事件を経て遠ざかり、大人になって出会い直すまでを描いたストーリー。主人公の「葉」は瀬戸内海に浮かぶ「香口島」で「真以」に出会う。ある日、真以は島に逃げ込んだ脱獄犯の男と一緒に島から逃げ出し姿を消してしまう。それから20年後、葉はある陶芸工房のHPで真以を見つけ、たまらず会いに行く。少女から大人の女性へと成長した彼女たちが選んだ道とは。

受刑者が瀬戸内の島に逃走したという実際の事件から話の着想を得たそう。香口島は、生口島や向島がモデルになった。(写真/池田 知英)

『トッピング 愛とウズラの卵とで~れえピザ』

川上 健一 著 集英社

岡山市の奉還町商店街で、雑貨カフェ「セワーネ」を営む「あゆみ」。夫の「雅彦」は、一昨年に乳がんと診断されたあゆみのために会社を辞め、あゆみを元気づけたい一心で毎日忙しく行動する。雅彦の愛の“暴走”は日々加速。ある日、雅彦はあゆみのために「で~れえ(すごい)こと」を思いつく。ユーモラスな筆致ながら、夫婦や家族のあり方を問いかける、川上ワールド全開のハートウォーミングなファミリー小説。

JR岡山駅西口にある奉還町商店街。レトロな雰囲気が漂うアーケード内には、昔ながらの商店など多彩な店舗が並ぶ。(写真/田中 淳奈)

『少女には向かない職業』

桜庭 一樹 著 創元推理文庫/東京創元社

山口県の小さな離島の中学校に通う「大西葵」は、無職で毎日酒ばかり飲んでいる義父と、仕事で疲れて帰ってきては愚痴をこぼす母親との暮らしに苦しんでいた。夏休みに下関市のゲームセンターへ遊びに出かけた帰りに、同じクラスの「宮乃下静香」と遭遇。静香に「今、港で水死体が見つかったから見に行かない?」と誘われ、そこから葵と静香の奇妙な関係が始まる。過酷な運命に翻弄される少女の姿を鮮烈に描いたミステリー。

葵たちの住む島は下関市の沖合いに浮かぶ設定。2006年にはオリジナルドラマも製作され、下関市内でロケが敢行された。(写真/photo AC)

『海とジイ』

藤岡 陽子 著 小学館

3人のおじいさん(ジイ)が瀬戸内の島で生き抜く姿と、ジイの思いを受け取る人々の心模様を描いた物語。3編のショート・ストーリーだが、それぞれの話がリンクする構成。人生の先輩でもあるジイたちからの「人生は短い。1日を大切に生きよ」というメッセージが胸に響く。巻末には舞台となった香川県の2つの島と島内のスポットが著者のイラスト付きで紹介されており、実際に足を運んで小説の世界に浸るのも一興だ。

登場する3人のジイが生活するのは香川県多度津町の沖合に浮かぶ佐柳島と高見島。いずれも風光明媚で静かな離島だ。(写真/田中 淳奈)

『海辺のカフカ』

村上 春樹 著 新潮文庫/新潮社

誕生日に東京の実家を家出した15歳の少年が、四国・高松で不思議な出来事を経験し、成長していくストーリー。少年が高松駅前で食べたうどん店や訪れた神社、滞在する図書館など、作中に登場する施設や店舗は、実際にモデルとなったスポットはないそうだが、屋島の「四国村」や、坂出市の「鎌田ミュージアム」などは描写のイメージに似ていることから、カフカの世界観を体感できる「聖地」としてファンが訪れている。上下巻。

作中には少年の家出先が「高松」と明記。物語の描写などから少年が訪れた場所を推測し、各シーンのスポットを探るのも楽しい。(写真/香川県)

『天使は奇跡を希う』

七月 隆文 著 文春文庫/文藝春秋

瀬戸内海に面した愛媛県今治市の高校に通う「良史」のクラスに転校してきた「優花」。実は彼女が本物の天使であることを知った良史は、優花が再び天国に帰れるよう協力することに。幼なじみの「成美」と「健吾」も加わり、4人は絆を深めていく。作中には「しまなみ海道」「亀老山展望台」「今治城」「今治タオル」といった今治市が誇る名所・名産品も登場。瀬戸内の自然の下で繰り広げられる切ないファンタジー・ストーリーにキュンとする。

しまなみ海道をサイクリングするシーンなど、実在する場所が舞台なので、作中の空気感をリアルに感じることができる。

『太陽のあくび』

有間 カオル 著 メディアワークス文庫/KADOKAWA

愛媛県西宇和地方にある小さな村の少年部リーダー「陽介」は、地元で開発された新種の夏ミカン「レモミカン」がテレビの通販番組で取り上げられることになり、父と一緒に東京へ。しかし番組は失敗し、大量のミカンが売れ残ってしまう。それでも陽介は、父親や片思いの少女らと衝突しながらも、「レモミカン」の素晴らしさを信じて奔走。果たして陽介の一途な想いは報われるのか。ラストは爽やかな初夏を思わせる読後感に浸れる。

柑橘類栽培の盛んな愛媛県の架空の村が舞台。新種のミカンを売り出すため、農業に関わる少年少女や大人たちが奮闘する。(写真/愛媛県観光物産協会)

『島はぼくらと』

辻村 深月 著 講談社文庫/講談社

瀬戸内海に浮かぶ架空の島「冴島」を舞台に、もうすぐ故郷を巣立つ高校生4人を中心に展開する青春群像劇。4人それぞれが島育ちゆえの苦悩や葛藤を抱えつつ、仲間、家族、移住者たちと交流を通じて成長しながら、旅立ちを迎えるまでの日々が描かれる。特に同級生の友情と光に満ちあふれたラストシーンは素晴らしい。素朴で優しい筆致から美しい島の情景が目に浮かぶ。読後に心がほっこりと温かくなる作品だ。

物語では穏やかな島暮らしの魅力だけでなく、過疎の島ならではの問題や、住民が抱える複雑な事情なども描かれている。(写真/鎌田 剛史)

この記事を書いたのは…
瀬戸内民家シリーズの雑誌表紙

瀬戸内海沿岸の岡山・広島・山口・香川・愛媛・兵庫各県で家づくりを手掛ける腕利き工務店の情報に加え、瀬戸内の自然や気候風土、歴史、文化といった、瀬戸内で暮らす魅力を発信しています。さらに詳しく>

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