SETOUCHI MINKA

瀬戸内近郊の「文学の街」へ出かけよう!~広島県尾道市~

簡単には旅に出られない昨今。例えば、自分の住む地域が舞台となった文学作品を読みながら、その場所の情景や雰囲気についてイメージを膨らませるとともに、いつかそこへ足を運ぶための予定を今のうちに立ててみるのはいかがだろう。そんな「文学の旅」を楽しめる瀬戸内各県のおすすめスポットをご紹介。当誌の誌面を華やかに彩る「せとみんガールズ」のメンバーが、文学や坂道の多い街として名高い広島県尾道市へ1day tripを敢行。『放浪記』の作者・林芙美子が少女時代を過ごした街を気ままに散策してきた。

<取材・文/鎌田 剛史 写真/鈴木 トヲル モデル/横溝 千佳>

『放浪記』を生んだ林芙美子が多感な少女時代を過ごした港町。

瀬戸内海に面した広島県尾道市といえば、山肌の傾斜地に民家や寺社などが密集する「坂の街」の光景が思い浮かぶ。昔日の面影を残す入り組んだ家並みの中を、細い坂道の路地が縦横無尽に走り、海の方を見下ろせば尾道水道と対岸に浮かぶ向島が織り成す美しい景色が広がっている。この独特な景観を持つ街を舞台にした小説や映画は数多く、その中でも日本の文学界を代表する女流作家として活躍した林芙美子の小説『放浪記』は、尾道を描いた不朽の名作として知られている。13歳から約6年間にわたってこの地で過ごした芙美子にゆかりが深く、同作中にも登場するノスタルジックな場所が現在も街の中に点在している。

林 芙美子(1903~1951)

『放浪記』

林 芙美子 著 岩波文庫/岩波書店

Spot 01 「おのみち芙美子通り」

JR尾道駅から東に徒歩約3分でたどり着く「尾道本通り商店街」は、 5 つのアーケード街で構成する全長約1.2㎞のショッピングストリート。その西端に位置する一番街は「おのみち芙美子通り」の愛称で親しまれており、アーケードの入口付近には林芙美子のブロンズ像が立てられている。レトロな雰囲気が漂う商店街には、芙美子の旧居が保存されている記念館をはじめ、老舗の飲食店や雑貨店、古い建物を改修した個性的なカフェなどが軒を連ねている。古くから港町として栄えた尾道の古き良き時代を感じられる空間だ。

JR尾道駅の程近く、アーケード街の入口付近に立つ林芙美子のブロンズ像。彼女の命日である6月28日には「あじさいき」というイベントが毎年開催され、像の前で地元の学生たちによる合唱や演奏、『放浪記』の朗読、あじさいの献花などが行われている。

「尾道本通り商店街」の最も西に位置するアーケード街。芙美子がこの地で少女時代を過ごしたことを多くの人に知ってもらおうと、2022年に「おのみち芙美子通り」の愛称が付けられた。

アーケード街に入ってすぐの路地に入ると、海の方へ向かって50mほどの小道が延びている。芙美子の一生を描いたNHKの連続テレビ小説「うず潮」の舞台となったことを記念して「うず潮小路」と名付けられており、道の突き当たりの角には芙美子の旧居跡の石碑が立っている。

アーケード街からは、国道とJR山陽本線の線路をまたぐ「うず潮橋」を渡ることができる。『放浪記』には、初恋相手の軍一と出会った場所として登場。

Spot 02 「おのみち林芙美子記念館」

「おのみち芙美子通り」のアーケードの中にある「おのみち林芙美子記念館」では、大正時代に尾道で13歳からの約6年間を過ごした芙美子の足跡をたどることができる。同館は2020年にリニューアルオープンし、現在は商店街が運営し、市民らでつくる「おのみち林芙美子顕彰会」が企画・管理を担当している。館内には遺族から寄贈された芙美子の直筆原稿をはじめ、着物や書斎道具など愛用品100点以上を展示。記念館奥には芙美子の家族が間借りした古い木造家屋が現存しており、親子3人が暮らした5帖ほどの小さな部屋を見学できる。

商店街に面する記念館の建物から中庭を挟み、芙美子が少女時代を過ごした「旧林芙美子居宅」が当時のままの姿で残っている。

旧居宅は木造2階建て。ギシギシときしむ階段を上がると、芙美子親子が間借りした約5帖のせまい部屋がある。

芙美子の直筆原稿や初版本、記録写真のほか、多感な思春期を尾道で過ごした当時の愛用品などを無料で公開している。

入場は無料。尾道を訪れた際には気軽に足を運んでみよう。スタッフが温かくもてなしてくれる。

おのみち林芙美子記念館

住所/広島県尾道市土堂1-11-2 営業時間/金・土・日・祝日13:00〜17:00 料金/無料 定休日/月~木曜日 ☎0848-25-3922 https://www.facebook.com/Onomichi.Fumiko

Spot 03 「千光寺山」

JR尾道駅の背後にそびえる標高144mの「千光寺山」は、尾道のランドマーク的存在。林芙美子の『放浪記』にも登場する赤い本堂が印象的な「千光寺」をはじめ、桜の名所で有名な「千光寺公園」など、多くの観光客が訪れる人気スポット。山頂から眼下に広がる尾道水道に面した街並みや、しまなみ海道の島々が織り成す瀬戸内海の多島美は一見の価値ありだ。

断崖絶壁に立つ「千光寺」の本堂は、柱で支えられた舞台造り。眼下には尾道水道に面した東西に細長い市街地をはじめ、向島やその先の因島など、瀬戸内海の島々まで見渡せる爽快な景色が広がっている。

麓の長江口から山頂までを約3分で結ぶ「千光寺山ロープウェイ」。15分ごとに運行されている(https://mt-senkoji-rw.jp)。

ロープウェイの山頂駅とも接続している展望台「PEAK(ピーク)」は2022年に完成。

長さ63mの展望デッキからは、日本遺産にも選定された尾道の美しい街並みを堪能できる。

「千光寺公園」から少し下った所にある巨岩。通称「鼓岩」「ポンポン岩」とも呼ばれ、岩に据え付けられた金づちで石を叩くと、ポンポンと甲高い音が響く。

806年に弘法大師によって開かれたといわれる「千光寺」。鮮やかな朱塗りの本堂は市街地からも見える。

境内から見渡す景色も格別。時折海からの爽やかな風が吹き上がってくる。

境内には日本の情緒豊かな風情が漂う。

「残したい日本の音風景百景」にも選ばれた鐘楼。 

多くの巨岩が存在する千光寺山は、はるか昔より全国から修験者が集まってくる修行場としても崇められてきた。千光寺の御神体は「玉の岩」をはじめとする巨岩で、自然崇拝の文化が今も息づいている。

千光寺

住所/尾道市東土堂町15-1 参拝時間/9:00~17:00 ☎0848-23-2310 https://www.senkouji.jp

Spot 04 「文学のこみち」

千光寺山山頂から中腹の千光寺へと至る山道は「文学のこみち」と名付けられている。豊かな緑と静寂に包まれた約1㎞の道中には、林芙美子、志賀直哉、松尾芭蕉、正岡子規など、尾道に関する作品を残した文人たちの文学碑が立てられている。25の自然石に刻まれた文章や詩歌をたどれば、彼らが愛した尾道の情景が浮かび上がってくる。

「文学のこみち」は山頂から千光寺へ向かう道のほか、千光寺と尾道市立美術館を結ぶルートもある。海沿いの街を見下ろす美しい景色を楽しみながら、尾道を愛した先人たちの描いた作品の世界観に浸れる。

山道は整備が行き届いているものの、所々に滑りやすい箇所もあるので注意。道中からは「千光寺山ロープウェイ」の行き交う姿も見える。

道中で最も見晴らしの良い場所に立てられているのが林芙美子の文学碑。

Spot 05 「坂の街散策」

尾道の街を構成するファクターとして欠かせないのが「坂道」。東西に細長い尾道水道沿いの市街地からは、北側の千光寺山に向かって坂や階段がいくつも延び、尾道ならではの独特な景観が広がっている。昭和レトロな雰囲気が漂う街を歩けば、迷路のような細い路地や、道端で気持ちよさそうに寝そべるネコの姿など、心がほっこりする風景にも巡り会える。山腹には数多くの寺院が点在しており、寺を巡る散策コースもある。険しい坂道や階段が多いため、ロープウエーで山頂まで上がり、路地を歩いて下りてくる散策プランがおすすめだ。

千光寺山の中腹には25もの寺院が点在。散策途中に境内を通過する地点もある。

林芙美子が通った「土堂小学校」。芙美子の父が途中で何度も休んだという70段の石段が当時のまま残る。

尾道の街といえば、密集する民家や寺院の間に走る細い路地。レトロな民家が軒を連ねる中、カフェやパン屋など隠れ家のような店に突然巡り会うことも。

散策後は名物の「尾道ラーメン」に舌鼓を打ちながら疲れを癒やして(「めん処 みやち」☎0848-25-3550)。


尾道の街の魅力は「尾道観光協会公式サイト」でチェック! https://www.ononavi.jp

この記事を書いたのは…
瀬戸内民家シリーズの雑誌表紙

瀬戸内海沿岸の岡山・広島・山口・香川・愛媛・兵庫各県で家づくりを手掛ける腕利き工務店の情報に加え、瀬戸内の自然や気候風土、歴史、文化といった、瀬戸内で暮らす魅力を発信しています。さらに詳しく>

瀬戸内の文学にスポットを当てた読み応え十分の特集記事は本誌でぜひチェックを。

https://www.setouchiminka.jp/hiraya/book/hiraya.html/

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