SETOUCHI MINKA

自然素材の産地を訪ねて。【淡路瓦】

現代において、かつての日本で行われていたような自然素材を使った家づくりの素晴らしさが見直され、木・石・土などの自然素材を使った家の評価が高まってきている。地元の気候風土の中で育まれた“ふるさとの恵み”を生かした住まいは、毎日の暮らしに癒しと潤いを与え、健康で快適なものにしてくれる。そして高い耐久性を誇り、いつまでも安全・安心に暮らすこともできる。

豊かな自然の恩恵を受けた天然素材を生かした製品づくりの盛んな街が、この瀬戸内地域に存在しているということを知らないという人は意外にも多い。そこには、古来より受け継がれてきた伝統の技と知恵を一途に守り、未来を見据えながら新しい価値を創造しようと、木・石・土に日々向き合い続ける人たちがいる。「国産木材」「石製品」「日本瓦」。日本でも有数の一大産地に恵まれた瀬戸内地域は、まさに地元の自然素材を使った家づくりに打ってつけの場所であるといえる。

この記事を書いたのは…
瀬戸内民家シリーズの雑誌表紙

瀬戸内海沿岸の岡山・広島・山口・香川・愛媛・兵庫各県で家づくりを手掛ける腕利き工務店の情報に加え、瀬戸内の自然や気候風土、歴史、文化といった、瀬戸内で暮らす魅力を発信しています。さらに詳しく>

いぶしの輝き、満ちる島。

兵庫県南あわじ市

日本のあらゆる建築物の屋根を守るとともに、都市の町並みや田園風景に溶け込む不変の美しさと情緒を醸し出す日本瓦。その一大産地が瀬戸内にあるということをご存知だろうか。瀬戸内海東部に浮かぶ兵庫県の淡路島は、愛知県の三州、島根県の石州とともに、瓦の三大産地のひとつに数えられている。青々としたタマネギ畑が広がり、どことなく緩やかに時間が流れるこの島で、約400年の伝統をかたくなに守りつつ、瓦の未来を見つめ、新しい価値を創造しようとまい進する人々に出会った。

<取材・文/鎌田 剛史>

大地の恵みから生み出される最高品質の瓦。

 淡路島の瓦づくりは今から約400年前の1610年、播磨姫路藩主・池田輝政の三男・忠雄が由良城を築城する際、播州瓦の名工だった清水理兵衛に淡路島で瓦を焼かせたことが始まりといわれている。理兵衛が播州に戻った後、息子の弥右衛門が淡路島にそのまま残り、数十年かけて淡路島の各地を巡りながら、瓦づくりの技術を広めていったという。以後、淡路の瓦職人たちは代を重ね、分家やのれん分けを幾度も繰り返しながら、淡路島を瓦の一大産地へと成長・発展させていった。

 瓦づくりでは「一に土、二に焼き、三に成形」といわれるように、土がもっとも大切なファクターだ。淡路島では「なめ土」と呼ばれる鉄分を豊富に含んだ粘土が採れる。粒子がとても細かいのでさまざまな形状に加工しやすく、焼いた際に収縮が少ないという性質を持ち、このなめ土からつくられる淡路瓦は日本でも指折りの高品質を誇る。
 幾多の先人たちが築き上げてきた淡路瓦の技と品質は、時代の流れとともに多彩に変化しながらも、今日まで連綿と守られ、受け継がれている。

街の風景を美しく彩るのは、格調高い銀色の輝き。

 淡路島南部の都市・南あわじ市。青々とした田園の牧歌的風景に見とれていると、淡路島名産・タマネギのかぐわしい香りが時折風に乗って運ばれてくる。民家や商業施設の屋根に施された鉛色の瓦は、陽光を浴びて波打つように輝いていた。 「瓦づくりの産地」らしく市庁舎や公園などの民間施設にも淡路瓦が用いられている。現在淡路島内で淡路瓦を製造しているのは南あわじ市にある67の業者。そのほとんどが小規模で、各工場によって製造する瓦の部位が異なる分業制で成り立っている。

 淡路瓦の代名詞ともいえるのが「いぶし瓦」である。瓦を焼く際、表面に炭素膜をつくりコーティングする「燻化」を施すことにより、瓦は淡い銀色の独特な輝きを身にまとう。晴れの日は気品に満ちた輝きが冴えわたり、雨の日は艶っぽい黒に染まり、夕暮れ時には西日を受けて茜色にも染まる。天候や時間によっていろんな表情を見せる淡路島産のいぶし瓦は、良質な淡路島の土を使うからこそ生み出せる。そんないぶし瓦の美しい輝きは「白さえ」と呼ばれるそうだ。

 日本瓦は主にいぶし瓦と、釉薬を使った陶器瓦に分類されるが、淡路島産のいぶし瓦は全国1位の生産量を誇る。その色艶としっとりした風格は日本の瓦を代表する逸品として世界からも高い評価を集めている。

伝統を重んじながら、現代仕様へとアップデート。

 淡路瓦にはいぶし瓦をはじめ、洋風建築にも合う色合いの陶器瓦や窯変瓦、さらには建物の床や壁に使用できる景観材も豊富にあり、さまざまな趣向に合わせられるように500種類以上の瓦をラインアップしている。これだけの種類の瓦を常時取りそろえ、注文を受けてから短期間でリーズナブルに提供できるのは、南あわじ市にある67の製造業者がそれぞれの部位を生産する分業制を整えているからだ。

 培われてきた伝統を大切に守りつつ、時代とともに変化していく多彩なニーズに対応するため、淡路瓦をさらに進化させ、現代版にアップデートすることにも注力している。台風や地震でずれたり飛んだりしないように開発したのが『防災瓦』。瓦の1枚1枚ががっちりかみ合う構造で、超大型の台風や阪神大震災レベルの地震にも耐えられるよう設計され、決して燃えない優れた瓦だ。現在販売している瓦の9割以上は防災瓦だといい、いぶし瓦にさらに焼きを入れた『黒いぶし』『古代いぶし』もラインアップされている。いずれも傷や汚れが残りにくく、淡路瓦の弱点でもあった凍害にも格段に強い特徴を持つ。

コンピューターと職人の合わせ技で生み出す逸品の数々。

 淡路瓦の製造工程を見せてもらったのが「井上瓦産業」。一般住宅用の各種瓦のほか、伝統的な神社仏閣に用いる特殊な瓦の製造でも厚い信頼を集める老舗の会社だ。

 数種類のなめ土を調合し、機械で成型されたたくさんの瓦が、工場内に張り巡らされたハンガーに吊るされてどんどん進んでいく。一つひとつの作業はコンピュータによる自動制御で行われているが、土の練り具合や成形・乾燥の度合いのチェックなどには、職人の目と手による繊細な調整が欠かせないという。特殊な形状やサイズの瓦は職人の手作業でないとダメなものもあり、いわば淡路瓦は、最新鋭のコンピュータ技術と、人間でないと分からない“勘”や“塩梅”といった職人技を融合させてつくっているという感じだ。

 1枚1枚の瓦が薄茶色に濁った液体のカーテンを通過していく。この液体は「はけ土」といい、微粒子の粘土を水に溶いたもの。はけ土を瓦の表面にかけることによって、よりなめらかに美しく仕上がり、耐久性も向上する。淡路瓦独特の製法なのだそうだ。

 何台も並んでいるコンテナのような巨大な箱が瓦を焼く窯だ。ここで2日間かけて焼成、冷却しているという。1,000℃ぐらいの熱で焼き上げた後、そのままいぶす。これが燻化という作業で、昔は窯に松葉をくべていぶしていたそうだが、今はブタンガスを窯に注入している。こうして淡路瓦が誇るいぶしの輝きが出来上がる。現代のいぶし瓦は最先端のテクノロジーを生かしてつくられている。

 近年はガルバリウム鋼板をはじめとする金属屋根材の台頭により、瓦はシェアを徐々に落としている。南あわじ市内の製造業者でつくる「淡路瓦工業組合」では、耐震性や耐火性、耐久性など、他の屋根材よりも圧倒的に優れている瓦のメリットを打ち出し、多種多様なニーズに応える新製品の開発はもちろん、海外への輸出にも力を入れている。

【取材協力・写真提供/淡路瓦工業組合】

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