SETOUCHI MINKA

瀬戸内の伝統工芸士を訪ねて。~香川県・竹一刀彫~

木、草、土、石といった自然素材を高度な技術で加工した伝統工芸品は、はるか昔より日本人の生活や文化を支え続けてきた。人間の磨き抜かれた手から生み出される品々の繊細さと美しさは、日本が世界に誇れるもののひとつ。香川県にもさまざまな伝統工芸が今も残っており、先人たちが生み出し発展させてきた技法を一途に守りながら、研さんを重ね続ける匠たちがいる。古来より受け継がれてきた技や文化を、後世に残し伝えるという役割と責任を担いながら日々精進し続けている瀬戸内の伝統工芸士の仕事ぶりを拝見。伝統技術の保存と継承や、現代の暮らしへと融合させる工夫、そして、一貫して情熱を注ぎ続けるもの作りへの思いを伺った。

<取材・写真・文/鎌田 剛史>

竹一刀彫(香川県伝統的工芸品)/西村 文男さん

精緻な絵柄を一つずつ丹念に、職人の技で彫り抜いた一点物。

「今ではボクが日本でたったひとりのプロの竹彫師。まあ、絶滅危惧種のようなもんですよ」と、西村文男さんは開口一番こう言い放ち、豪快に笑った。真っ白なあごひげに、シャツとおそろいの柄のバンダナ、そして使い込まれたエプロンがよく似合っている。オシャレで気さくなおじさんだ。

竹製の柱掛けや一輪挿し、茶合・香筒といった煎茶具に、虎や龍、だるま、仏像などのさまざまな絵柄を彫刻刀で手彫りする「竹一刀彫」。その技術は中国から伝来し、奈良時代には盛んに行われていたといわれている。香川県では、香川漆器の始祖である玉楮象谷が編み出した「讃岐彫」が起源であるといい、木・竹・牙を素材にした数多くの彫工品が、古来より県内の家々で広く親しまれてきた。

丸みがある形や、繊維が多いために細やかな描写が難しいとされる竹に美しい彫刻を施した作品の数々。昔は縁起物として神仏やだるまなどが描かれたものを壁に掛ける家が多かった。「どんな絵柄でも彫れと言われれば彫れるよ」と西村さんは言う。

竹に絵を彫り込んでいくように、竹一刀彫の技と心を、歴史に刻みたい。

西村さんは、伝統的な彫刻技法をかたくなに守り続けるとともに、象谷の竹彫技術を現代に蘇らせながら、約60年にわたって竹と向き合ってきた。西村さんの竹彫師のルーツは小学生のころにある。「父が土産物屋をやっていて、よく手伝わされたんです。そこで竹彫りを教え込まれ、せっせと彫っていた。そのうち腕前も上がり、中学生のころにはアルバイトの高校生に教えるまで上達してね」。

高校卒業後は一般企業に就職したものの、竹彫師が全国にほとんどいないことを知り、38歳の時に父・謙三さんの後を継ぐことを決意。竹彫師として活動を本格的に始める。それからほどなくして日本中へ行商の旅に出た。「サラリーマン経験から商売の厳しさは分かっていたから。3~4年ぐらい全国津々浦々まで足を運び、実演販売に明け暮れていましたね」と懐かしむ。そのかたわら、全国の数少ない竹彫師を訪ね歩き、交流を深めながら独自の技を磨いたという。

工房の隅で山積みになっている真っ黒い竹も、そのころに仕入れたものだそうだ。「煤竹といってね。藁ぶき屋根とか古い日本家屋に使われていたもので、長い間かまどや囲炉裏の煙で燻されてこんな色になっている。味があって綺麗でしょう」。煤竹は細いものが多く、主に小物の壁掛けや茶合、一輪挿しなどの製作に使われている。

長年全国各地を回って手に入れたという煤竹。味わいのある焦げ感が作品の味。ストックは優に10年分以上はあるとか。

日本で最後の竹彫師。情熱をたぎらせるのは“絶滅寸前”だからこそ。

竹の持つ優しさと強さを生かして仕上げられた竹一刀彫。一つとして同じものはなく、表情豊かな描写の彫刻が醸し出す美しさには魅了されるばかりだ。竹の形は湾曲しているため、木に彫るのとは違い高度な技術が必要とされる。西村さんは竹を一心に見つめ、およそ100本の彫刻刀を使い分けながら、さまざまなモチーフの絵柄を静かに刻み込んでいた。

まさに匠の手で生み出す芸術品といえる竹一刀彫だが、現在プロとして手掛けているのは西村さんただひとり。後継者もおらず、いずれは潰える運命にある。そんな状況だが西村さんは元気いっぱいだ。全国各地で開かれる物産展への参加や、特別名勝・栗林公園で定期的に実演を行い、竹一刀彫のPRを精力的に展開。地元・三木町でも一般向けの竹彫教室を開き、これまで200人以上にその魅力と技術を教えてきた。「年々需要も減り、平成23年の東日本大震災以後は急激に落ち込んだ感じがします。時代の流れには逆らえない。ボクは長い間竹に魅了され、竹とともに生きてきた。これからも竹彫師として信じる道を進むだけ。決して妥協せず、喜んでもらえる作品を楽しみながら作り、残していきたいです」と言葉に力を込めた。

製作でもっとも大変なのが下地づくり。竹の表面をペーパーで磨き鏡面仕上げした後、カシュー塗料を塗って乾燥・色付けする。

30年以上全国の物産展に参加し続けている。各地を訪れるたび、記念として郵便スタンプを残すそう。今では膨大なコレクションに。

西村 文男

香川県伝統工芸士。雅号は秋峯。平成29年には経済産業省「現代の名工」に認定、翌年には黄綬褒章を受章した。特別名勝・栗林公園や、全国各地での伝統工芸展への参加・実演など、県内外を飛び回る多忙な日々を過ごす。

西村工芸

香川県木田郡三木町井戸4020-2
☎087-898-6452

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