SETOUCHI MINKA

瀬戸内の伝統工芸士を訪ねて。~香川県・組手障子~

木、草、土、石といった自然素材を高度な技術で加工した伝統工芸品は、はるか昔より日本人の生活や文化を支え続けてきた。人間の磨き抜かれた手から生み出される品々の繊細さと美しさは、日本が世界に誇れるもののひとつ。香川県にもさまざまな伝統工芸が今も残っており、先人たちが生み出し発展させてきた技法を一途に守りながら、研さんを重ね続ける匠たちがいる。古来より受け継がれてきた技や文化を、後世に残し伝えるという役割と責任を担いながら日々精進し続けている瀬戸内の伝統工芸士の仕事ぶりを拝見。伝統技術の保存と継承や、現代の暮らしへと融合させる工夫、そして、一貫して情熱を注ぎ続けるもの作りへの思いを伺った。

<取材・写真・文/鎌田 剛史>

組手障子(香川県伝統的工芸品)/大井 淳一さん

大井淳一さん(右)と弟子の網一郎さん(左)

組手の技を残し、育てる。時代変化にも柔軟に対応。

家の雰囲気や表情を紡ぎ出す重要なファクターとなるのが建具である。完成した建物に引き戸や襖を入れた瞬間、家全体がきりりと引き締まり、一斉にまばゆい輝きを放つ。建具の中でも日本の建築において欠かせないのが障子だ。その手触りや感覚、凛とした佇まいには、和の建具ならではの魅力が宿っている。

香川県の伝統工芸品に指定されている「組手障子」は、組子とよばれる溝を切った凹型の木片を一つひとつ釘を使わずに組み合わせ、幾何学的な図柄や自然の風景といったさまざまな美しい模様を描いた逸品だ。

大井淳一さんは組手障子をはじめ、組手の技術を取り入れたさまざまな建具を作り続けて60年。古より脈々と受け継がれてきた素晴らしい技術を後世に残し守ろうと、伝統工芸品指定に向けて尽力するなど、県内の建具業界発展にも貢献してきた。

さまざまな形の組子を組み合わせて作る組手障子。その緻密さとデザイン性には思わずため息がこぼれるほど。

大井さんは製作の際「頭の中にイメージは出来上がっている」と設計図は描かないそうだ。

大井さんが建具職人の道を歩み始めたのは15歳の時。「中学を出たら私が家族を養わなければならなかったので、親戚の建具店に弟子入り。当時、建具は指物と呼ばれていました。手先は決して器用ではなかったのですが、元来物作りが好きで、何かをしだすと時間を忘れて没頭してしまうような性分だったので、建具をコツコツと作る作業もまったく苦にはなりませんでしたね」。

修業時代に組手の技法をいち早く習得し、建具製作の技術もめきめき上達。すぐに指名で仕事を依頼されるようになったそうだ。現場の大工たちにも「仕事やるけん、お前は独立しいや」と太鼓判を押されるほど腕を上げ、昭和38年に20歳で独立。あくまで手作りにこだわり、組手の技術を駆使した美しい建具を生み出し続けてきた。全国建具展示会で内閣総理大臣賞を受賞するなど、輝かしい実績も持つ。

大井さんは76歳の今でも毎日作業場に立ち、長い時は10時間以上も建具を作り続けている。「健康を保ち続けることも職人として大切なこと」と穏やかに話す大井さんの耳には、ワイヤレスのイヤフォンが装着されている。「作業中は手が離せないから。その場で電話しながら組子を組んでますよ」。スマートフォンを巧みに使いこなし、自社ホームページの運営や通販サイトでの販売など、時代の流れにも柔軟に対応している。

一般住宅で組手障子が使われることが少なくなった現代でも、組手の技術を生かした製品を多数考案。収納棚やテーブルなどのインテリアをはじめ、ドリンクのコースターやスマホ立てなどの日用雑貨、組手のパズルにいたるまでバラエティに富んでいる。「面白いアイデアはふっと浮かびます。次はどんなものを作ってみようかと考えるのはワクワクするし、楽しいものですよ」と、創作意欲は衰えるどころか高まるばかりだという。

組手パズルも考案。難易度が6種類用意されており、頭の体操にもピッタリ。組手の仕組みや魅力も体感できる。

日々の暮らしに使える品も多数。人気商品の組手コースターは、美しさはもちろん、水に強いなど実用性も高い優れモノ。

伝統技術の未来を見据え、後進の育成にも注力。

大井さんの下では息子の文則さん、岡野悟史さん、網一郎さんの3人が組手の習得に励んでいる。伝統技術の後継者育成にも余念がない。網さんは小学校教諭だった4年前に組手障子と出会い、その美しさに雷に打たれたような衝撃を受け、建具職人の世界へと飛び込んだそうだ。「やればやるほど組手の難しさや奥の深さに惹かれていくばかりです。大井社長の『一人前になるには10年かかる』という言葉の重みを実感する日々です。そして、組手の伝統をしっかり受け継ぐとともに、国内外の多くの人にこの素晴らしさを知ってもらえるよう、ブランディングや新しい製品の開発にも取り組みたい」と目を輝かせていた。

「組手コースターの組み立てキットを販売してみたらどうかと発案したのは彼。若い人ならではのアイデアやセンスがあれば、組手の技術はこれから先も残り、さらに発展していくでしょう」と、大井さんは弟子たちの成長と活躍に大きな期待を寄せていた。

周囲に田園風景が広がる「大井建具店」の作業場。大井さんは建具製作と弟子たちの指導育成に毎日汗を流している。

大井 淳一

香川県伝統工芸士。昭和38年に「大井建具店」を創業。県内では組手障子の第一人者であり、伝統技術の継承と建具業界の地位向上・発展に尽力してきた。平成23年には数々の功績から黄綬褒章を受章。

有限会社 大井建具店

香川県高松市西植田町1408-1
☎087-849-1228
https://oitategu.jimdofree.com

香川県の伝統的工芸品37品目はこちらでチェック!

瀬戸内エリアの住まい、カルチャーに関する記事が満載!

「SETOUCHI MINKA」の取材風景や、本誌未掲載写真などはInstagramでも更新中!
トップページに戻る