SETOUCHI MINKA

瀬戸内の伝統工芸士を訪ねて。~香川県・欄間彫刻~

木、草、土、石といった自然素材を高度な技術で加工した伝統工芸品は、はるか昔より日本人の生活や文化を支え続けてきた。人間の磨き抜かれた手から生み出される品々の繊細さと美しさは、日本が世界に誇れるもののひとつ。香川県にもさまざまな伝統工芸が今も残っており、先人たちが生み出し発展させてきた技法を一途に守りながら、研さんを重ね続ける匠たちがいる。古来より受け継がれてきた技や文化を、後世に残し伝えるという役割と責任を担いながら日々精進し続けている瀬戸内の伝統工芸士の仕事ぶりを拝見。伝統技術の保存と継承や、現代の暮らしへと融合させる工夫、そして、一貫して情熱を注ぎ続けるもの作りへの思いを伺った。

<取材・写真・文/鎌田 剛史>

欄間彫刻(香川県伝統的工芸品)/小比賀 正さん

花鳥風月の美しい世界を繊細に織り込んだ芸術品。

スッ、スッ、スッ、スッ、スッ。一定のリズムを刻みながら彫刻刀が大きな木の板を削っていく。迷いを感じさせない指さばきで彫刻刀の角度を巧みに変えながら淡々と彫り進む。彫れば彫るほど辺りに漂う木のかぐわしい香りが濃くなり始める。この木から生み出されるのは「欄間彫刻」だ。

採光や通風といった目的のため、天井と鴨居との間に設けられる欄間に彫刻をほどこしたもので、古来より寺院・神社・書院造りに取り入れられてきた。白木の美しい木目を生かし、日本の花鳥風月を精巧に表現した格調高い欄間彫刻は、桃山時代から江戸中期にもっとも栄え、その後一般の家庭にも普及していったという。香川県には、高松藩主・松平頼重を慕って来た飛騨の木工職人によって伝えられたといわれている。

小比賀正さんは、その欄間彫刻を作り続けて約60年になる。中学校を卒業後に高松市内の木材工芸店「土居工芸」に弟子入りし、約16年にわたって修業した後、独立。昭和50年に「小比賀彫芸」を創業した。「当時は建築ブームで新築がどんどん建ちよったんです。欄間の注文もひっきりなしに入ってきてねぇ。年がら年中追われるようにずっと木を彫りよったんですよ。それはそれは忙しかった」と振り返る。

和風建築には欠かせない欄間は、建てる家によって長さや厚みもさまざま。しかも、彫刻のデザインも一枚一枚違う完全フルオーダーだ。「彫る柄は私におまかせというものも多かった。私は絵を描くのが得意で、任せられたらがぜん腕が鳴りましたね。県内では自分で絵柄まで描ける職人が私ぐらいだったですから、依頼もどんどん入ってきて」。

彫刻のモチーフとなるのは松竹梅や桜、鶴・亀、風神雷神・七福神といった日本文化を象徴するものから、屋島や特別名勝・栗林公園をはじめとする香川の名所まで多彩。一枚一枚の欄間に精魂を込め、眠る暇も惜しむほど彫りまくったと小比賀さんは目を細める。「納期は限られているけど、いい加減な仕事など絶対できない。しんどかったけど、幸せでしたよ」。

欄間の製作は妻の純子さんと作業を分担。小比賀さんは絵柄の考案と彫刻を、純子さんは木の板を形に合わせて抜くミシンの作業を担当。創業以来ずっと、夫婦二人三脚で店を切り盛りしてきた。

玄関を開けると欄間の材料のヒノキやスギ、クスノキのいい香りが迎えてくれる工房。小比賀さんはここで日夜製作に没頭。

障子に組み込む書院欄間も数多く手がけてきた。この作品は香川に伝わる那須与一の物語がモチーフになっている。

精巧な技術に圧倒される欄間彫刻。現在でも機械では製作不可能。寺院や神社だけでなく、かつては一般住宅にも多く用いられていた。もちろん製作には膨大な時間がかかり、納品まで10年待ちの状況もあったという。

工房内には小比賀さんが手がけた美しい手彫りの作品がずらりと並ぶ。

欄間彫刻の需要が減った今では、その技を生かしたインテリア小物などを考案している。

逆風でも磨き、生み出す。命ある限り彫るのが本懐。

時代が流れ、一般住宅の様式は洋風スタイルが主流に。和室を設ける家が少なくなってくるとともに、欄間の需要も減少の一途をたどった。現在では一般住宅用の欄間彫刻の注文はほとんど入ってこない状況だ。

「寂しいけれどこれも時代の流れ。仕方ないことですよ」と小比賀さん。後継者もいないそうで、自身が磨きぬいてきた技術はいずれ絶えることになるとため息をつく。「私以外にも欄間彫刻をしている職人はいますが、どこも先行きは明るいといえない状況ですね。この仕事で食っていくのは簡単でない。それに、肉体的にも精神的にもキツい仕事ですから、これからの人たちには、おいそれと継いでほしいなんて言えません」。

そんな厳しい状況の中でも、小比賀さんは毅然として前を向く。今は欄間彫刻の技術を生かした数々の製品を生み出し続けている。壁や窓に掛けられる欄間のほか、ネコやフクロウなどの愛らしい動物をモチーフにした時計・インテリアなど、現代の住宅やライフスタイルにも自然と溶け込むオシャレなアイテムが多い。定期的に開催されている伝統工芸展でも来場客から好評を博しており、特に女性から人気を集めているそうだ。「まだまだ木と向き合い、作品を生み出し続けたい。まぁ、私は作業台の上で死ねれば本望ですかねぇ」と、小比賀さんは茶目っ気たっぷりに笑った。

小比賀 正

香川県伝統工芸士。雅号は香心。長年培った技から生み出される欄間彫刻は、これまでに数多くの展覧会やコンクールで優秀賞を受賞。精力的に製作を続けるとともに、一般向けの講座も開講中。釣りが趣味。

小比賀彫芸

香川県高松市松福町1-1-5
☎087-822-0516

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