SETOUCHI MINKA

瀬戸内の伝統工芸士を訪ねて。~山口県・赤間硯~

木、草、土、石といった自然素材を高度な技術で加工した伝統工芸品は、はるか昔より日本人の生活や文化を支え続けてきた。人間の磨き抜かれた手から生み出される品々の繊細さと美しさは、日本が世界に誇れるもののひとつ。山口県にもさまざまな伝統工芸が今も残っており、先人たちが生み出し発展させてきた技法を一途に守りながら、研さんを重ね続ける匠たちがいる。古来より受け継がれてきた技や文化を、後世に残し伝えるという役割と責任を担いながら日々精進し続けている瀬戸内の伝統工芸士の仕事ぶりを拝見。伝統技術の保存と継承や、現代の暮らしへと融合させる工夫、そして、一貫して情熱を注ぎ続けるもの作りへの思いを伺った。

<取材・写真・文/鎌田 剛史>

赤間硯(経済産業大臣指定伝統的工芸品)/日枝陽一さん

“墨をする”という至福。質実剛健、朴訥な石。

山口県宇部市の岩滝地区は、古くから硯の高級品種「赤間硯」の産地として名高い。この地で採れる赤間石は粘りがあり細工がしやすく、美しい紋様を施した優美な硯は、実用を兼ねた愛好品として長年珍重されてきた。

約800年の伝統を誇る赤間硯だが、ある出来事を境に不遇の時代を迎えた。「赤間硯は墨がすれないと報道されたことがあるんです。それから瞬く間に売れなくなり、当時数十軒はあった工房も次々と廃業。とうとう今ではうちだけになってしまいました」。そう語るのは「日枝玉峯堂」の日枝陽一さんだ。

赤間硯で実際に墨をすらせてもらうと、力を入れずともあっという間にすり上がった。そのなめらかさには思わず驚きの声を上げてしまう。

危険と隣り合わせで赤間石を採掘、満身創痍で毎日石を刻み、磨く。

日枝さんは大学では硯石の研究に没頭し、学術博士号を取得。赤間硯についての論文も発表している。「追究していくうちに分かったんですが、赤間硯はその製法がいつの間にか変わってしまっていた。職人みんなが間違った作り方をしていたから品質が以前よりも明らかに落ちてしまっていたんです」。その原因は硯を磨く工程で用いる材料。本来ならば原石とは別に採れる「泥砥石」で磨くのを、市販のサンドペーパーで磨いていたからだという。「元に戻さないといけないと思いましたね」。

材料の赤間石は年に2回ほど、工房から約1㎞離れた坑道から掘り出している。石層を入念に読みながら黒色火薬で発破する命がけの作業だ。

数種類のノミを使い分けながら彫りこみ、泥砥石での磨きなど10数工程を経て、赤みを帯びた艶やかな赤間硯が出来上がる。

「作硯家の腕は60歳がピーク」と話す日枝さんだが、自身は40代で「日本伝統工芸展」にて日本工芸会奨励賞などを受賞している。

日枝さんは現在、父の玉峯さんとともに、古来の製法を忠実に守りながら、日々赤間石と向き合い続けている。粉塵が舞い上がる中、ノミを肩に食い込ませ、前傾姿勢のまま長時間彫り続けるのは相当ハードだ。日枝さんの華奢な手も過酷な作業に悲鳴を上げ、昨年には両肘を手術したのだとか。「今も両手の指がしびれたまま。父のように繊細な彫刻を施すことはできなくなってしまったけど、多くの人に本物の硯というものを知ってもらうために作り続けようと思ってます。何より『墨をする人』が増えてくれればうれしいかな」と日枝さんはほほ笑んだ。

赤間硯 日枝玉峯堂

山口県宇部市大字西万倉793
☎0836-67-0641
9:00~18:00
不定休(予約があれば対応可)

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